syakai-no-mado

社会ノマド、社会の窓、流浪しながら漂泊する社会を見つめます

女性記者セクハラ被害事件簿 第16号

 

 

f:id:syakai-no-mado:20180513210611j:plain

 

【加害者①】常葉菊川高校野球部 森下知幸監督(47歳)

【被害者①】毎日新聞静岡支局の女性記者(20代)

 

【加害者②】常葉菊川高校2年生(野球部の主力選手)

【被害者②】朝日新聞静岡支局の女性記者(20代)

 

【明るみに出たきっかけ】

週刊文春』(2008年5月15日号)で記事が掲載された

 

【事案の概要】

静岡県常葉菊川高校と言えば、全国的に名をはせた高校野球の強豪校の1つだ。2007年春の選抜で優勝して以来、2008年夏の選手権に至るまで、4季連続甲子園出場を果たしている。以前はローカル校に過ぎなかった常葉菊川を一躍甲子園の強豪に仕立て上げた立役者が、2006年夏から同校の監督を務めていた森下知幸氏である。

 

常葉菊川高校は、森下監督就任後の秋季東海大会で伝統校の中京を破って優勝し、2006年末の時点で、2007年の選抜出場がほぼ確実視されていた。春の選抜の主催社といえば毎日新聞。同社では、例年、12月頃から、各支局で専属のチーム担当記者を決め、当確校や有力校への本格的な取材を開始する。静岡支局で常葉菊川の担当に指名されたのが、20代のルーキー女性記者Aである。A記者が被害にあったのは、クリスマスを控えた2006年下旬のことである。本件を報道した週刊文春の記事を引用する。

 「12月下旬、A記者は支局から車を飛ばして1時間近くかかる菊川まで出向いた。森下監督とは秋季大会で面識がある程度で、本格的に話を聞くのは初めてにかかわらず、『次はクリスマスイブの日にホテルを取ってから取材に来てよ。野球部のクリスマスパーティーがあるからそれに出て、その後二人で抜け出そう。』と言われ、面食らったそうです」(毎日新聞の関係者)

 

相談を受けたA記者の友人が詳しく証言する。

「その日、Aは森下監督に居酒屋に連れて行かれた後、『カラオケに行こう。上にあるから』と誘われた。中に入ると監督は、『何だかここはラブホテルみたいやな』と何度も言いながら、やたらと恋の話をする。警戒したAが、自分には彼氏がいると強調しても『静岡の男は俺に決まりだ』『もう一度俺に恋をさせてくれ』と暴走し、勝手にクリスマスの妄想を押し付けてきた。Aが何度もその日は支局で宿直だからと断っても、しつこく『仕事なんかいいじゃないか』と繰り返したそうです」

 

A記者は這う這うの体でカラオケから脱出したものの、帰り際に車に乗る際、さらなる攻撃を受ける。

「そもそも居酒屋に向かうのに、別々に行きましょうというAを無視して、監督はAの運転するマイカーに『いいじゃないか』と乗り込んで来た。運転があるAは一滴も飲んでいないけど、カラオケ屋を出るまで監督はビールや焼酎をずっと飲み続けていた。そして帰りに車に乗る際、監督は腕を組んで手を握って来たので、Aがびっくりして『やめてください』と突き放すと、監督は『恥ずかしがり屋だなあ』と訳の分からない抗弁をしたそうです」(同前)

 

初取材で受難したA記者は、支局長に相談。なるべく監督に接近しないで取材をするよう指示を受け、チーム担当を続けた。すると、今度は露骨な嫌がらせを受けるようになったという。同僚記者が打ち明ける。

 

「Aは遠巻きに選手だけ取材するようにしていたが、監督の周囲の関係者から『監督はせっかく女性の記者がついて喜んでいるんだから、あなたはちゃんと女性の武器を使って監督の近くに行って取材しなさい』とアナクロなことを言われて凹んでいた。…(後略)」

 

このような不祥事が全く明るみにでることなく、常葉菊川は選抜でトントン拍子で勝ち進み、初優勝を遂げた。A記者は、疲労で倒れてしまい、一週間ほど入院した。退院後職場復帰するも、今度は、常葉菊川高校の幹部職員から、執拗に飲みの誘いの連絡が入るハメになる。結局、A記者は、2007年8月にうつの診断を受け、休職した。

 

このように、春の選抜がらみで主催社毎日新聞の女性記者が、常葉菊川の監督や職員からセクハラを受けていたのに対し、もう1つのケースは、同年の夏、選手権がらみで主催社朝日新聞の女性記者が被害を受けたのである。朝日新聞高校野球担当記者は、甲子園での選手権期間中、密着独占取材の一環として、担当校の宿舎に同宿するという。常葉菊川を担当する朝日新聞の20代の2年生女性記者Bが受けた被害の様子を、週刊文春の記事から引用する。

 

常葉菊川の宿舎は大阪府茨木市内の高級ホテル。深夜、B記者の部屋を誰かがノックした。関係者が語る。

「ドアを開けると、ある主力選手が露出した局部を手でしごいていた。Bは恐怖のあまり声も出せなかったようです。Bの報告を受けた上司が、この選手に直接電話をかけ『そんなことをしてると試合に出られなくなるぞ』と叱り飛ばし、Bを別の宿舎に移しました」

 

セクハラというよりもはや明らかな犯罪行為である。

 

「退会が終わってもこの選手から頻繁にB記者の携帯に電話がかかってきて、ハアハア声を荒げながら、『今どんな格好で寝てるの』など卑猥な言葉を投げかける。着信拒否にしても、違う電話や公衆電話からしつこくかけてきたそうです。最近でこそなくなったものの、Bは『いつかまた始まるんじゃないかと思うと怖い』と怯えています」

 

結局、B記者も精神的ショックで秋から休職に追い込まれたようだ。

 

【顛末】

週刊文春の掲載号が販売された2008年5月8日当日の関係者の動きや見解について、読売新聞の記事から引用する。

 

日本高等学校野球連盟(日本高野連)は、静岡県高野連に対し、学校側に事情を聞くように指示するとともに、取材に対して「慎重を期しつつ、事実関係を確認する」と回答。

 

常葉菊川の大石校長は、「(週刊文春の記事は)事実と違う部分もある。高野連や学校本部の指示も仰ぎながら、慎重に対応する。」とコメント。

 

毎日新聞社広報担当は、「学校に調査を求め、回答を得た上で適切に対処した」

 

朝日新聞社は、「この件は答えられない」

 

5月12日には、森下監督は大石校長に対し、「迷惑をかけて申し訳ない」と謹慎を申し出た。

 

5月13日には、常葉菊川の大石校長と吉村・前校長(静岡県高野連副会長)が、県高野連の山内理事長らと大阪市の日本高野連に出向き、脇村会長らに一連の問題について報告。その後、日本高野連と学校側が相次いで記者会見した。

 

両者の会見によると、前年(2007年)8月、記者が上司に休職を申し出たのをきっかけに毎日側が同校に調査を求め、同校は森下監督から事情を聞いた上で、口頭注意をしていた。

 

部員(野球部選手)による朝日の記者への「不快と感じさせる」行為については、学校側は報道されるまで知らなかったという。

 

会見で大石校長は、「女性記者に不快な思いをさせたのは事実。大変申し訳ない」と陳謝。森下監督は、同年夏の大会終了まで指揮をとらず謹慎することを発表。朝日の記者に「不快と感じさせる」行為を行った部員(選手)は、校長訓戒処分にしたと発表。

 

5月21日には、日本高野連では、審査委員会を開き、森下監督と野球部への厳重注意を決めた。

 

その後、森下監督は8月下旬から指導を再開した。学校側によると、批判的意見もあるが選手や父母から復帰を望む声があった故のこと。

 

復帰後の森下監督は、2013年にも、春・夏連続甲子園出場に導き、さらに、2016年にも夏の選手権出場切符をゲットした後、突如、常葉菊川の引退を表明。紆余曲折の後、結局、8月下旬から同じ静岡県の御殿場西高校の監督に就任したようだ。

 

【ブログ主のコメント】

全国紙やNHKの新人記者は、将来の希望の分野に関わらず、全員が数年間地方勤務をし、オールマイティの取材能力を身につけるべくOJTを受けることとなる。地方勤務時代に誰もが経験すべき重要な取材テーマの1つが高校野球である。スポーツの知識ゼロの記者であっても、にわか仕込みの通り一遍の情報で試合結果について、そこそこの分量の読ませる記事を短時間に仕上げるテクニックの習得。あるいは選手と友人、監督、家族の苦悩、涙、汗、絆、愛、努力、根性、青春、感動などがキーワードの美談的人間ドラマをでっちあげる能力の獲得、という観点から、高校野球は格好の新人記者人材トレーニング材料なのだ。

 

とりわけ、朝日新聞毎日新聞は、主催社として、販売部数獲得の思惑もあり、取材活動にも気合が入る。このため、朝日や毎日の記者は、取材活動を通じ、有力校関係者との接触が密になる。J-CASTニュースによると、毎日のA記者、朝日のB記者とも、2006年4月、静岡を振り出しとして記者人生をスタートしたばかりの新人記者であった。特に、A記者は、2007年1月末から3月中旬まで選抜を盛り上げるための企画として、同校を応援する連載を40回以上にわたって担当。

 

森下監督としては、甲子園出場がほぼ確実視される中、ついつい気が緩んでやらかしてしまったのであろう。また、公然わいせつをはたらいた部員は、来る日も来る日も過酷な練習で過度なストレスと鬱憤が蓄積する中で、自己抑制が利かなくなってしまったのだろう。もちろん、気の緩みやストレス・鬱憤などが、行為を正当化する理由にならないことは自明であるが。

 

それにしても、だ。本件セクハラ事案の被害者たる朝日新聞毎日新聞の両者の対応が腑に落ちない。甲子園の優勝校、連続出場校の監督や選手がセクハラ行為を起こすことは、社会的には重大ニュースである。にも関わらず、両社とも、本件について5月14日の紙面で一応取り上げているものの、「セクハラ」という言葉を使わず、「不適切な行為」があったと茶を濁した、実に歯切れの悪い記事であった。「弱者の味方」を標榜し人権問題には日頃からセンシティブな両社にとって、女性へのセクハラは重大な人権侵害行為であり、しかも、自社の新人社員が精神的ショックで休職にまで追い込まれており、本来であれば、率先して、問題提起と抗議のための記事掲載を行うべき社会問題だろうに。 

 

なお、朝日新聞では、2008年5月22日の西部本社版の投書欄で、本件に関し「高野関係者は勘違いするな」と題する読者からの投書を掲載している。おそらく、本件について社内の消極的取扱いに反発した西部本社の投書担当者が、読者の投書を掲載する形で、社に対し無言の抵抗を示したのであろう。

 

最後に2点、付記。まず1点目。一般論であるが、新聞社で不祥事が発生した際の、それを扱う各紙の記事を読み比べると実に面白いものである。不祥事が生じた社は、申し訳なさげな低姿勢を示しつつ、なるべく記事の扱いを小さくしようとするのに対し、他社は、鬼の首根っこを掴んだかのように、ライバル社の不祥事を大きく扱う傾向にある。

 

今回の常葉菊川のケースについて言えば、被害者でもあり、かつ、高校野球の主催者として当事者でもある朝日と毎日が本件を矮小化しようとしたのに対し、両社と思想信条を異にするライバルの読売新聞は、東京本社版、大阪本社版とも、嬉々として、本件を取り上げていたのが印象的である。

 

とりわけ、5月14日大阪本社版スポーツ面の署名記事では、「週刊誌報道がなければ、うやむやのまま、葬り去られた可能性が高い」「セクハラは今でこそ、社会問題ととらえられているが、実態を申告できず、苦しんでいる被害者はまだまだ多い。教育的観点が重視される高校野球の現場で起こった事実を、関係者は重く受け止めるべきだろう」などと、週刊文春をベタ褒めするとともに、朝日、毎日の両社を皮肉っていたのが興味深い。

 

付記の2点目。精神的ショックで休職に追い込まれた記者のその後の動静について。毎日のA記者については、毎索(同社の記事データベース)でちょっと調べてみたところ、1年後には見事に立ち直って別の支局で社会復帰し、その後、小学生新聞編集部やデジタルメディア局など一線で活躍されているようだ。農林水産省所管の公営ギャンブルを主な取材対象としつつ、副業的に女性の人権問題もウォッチするなど、マルチタレントで活躍されており、ブログ主が、今後、益々の活躍を期待している女性記者の一人だ。

 

【出典】

・『週刊文春』2008年5月15日号(5月8日発売)

・読売新聞2008年5月9日朝刊、5月14日朝刊(静岡地方版)、5月22日朝刊

朝日新聞2008年5月14日朝刊

毎日新聞2008年5月14日朝刊

 

【予告】

次回は、警視庁公報課の警部が、週刊誌の記者にやらかしたセクハラ行為について取り上げる。