日韓の国力を冷静に国際比較する(その1) パスポートの「実力」は?
英国のコンサルティング会社「ヘンリー&パートナーズ」では毎年、国際航空運送協会(IATA)の資料を基に、各国のパスポート所持者がビザなしで渡航できる行き先の数を順位付けした「パスポート・インデックス」なるものを公表している。
この指標では、日本は、2018年、2019年に2年連続1位となっている。これについて、先日、ある政治家のブログを見ていたら、「日本のパスポートは世界最強となった。これは、日本の社会や政治、日本人に対する国際的な信頼性が高いことを意味するものであり、安倍政権の地球儀俯瞰外交の輝かしい成果でもある」といった主旨の記載があった。
この政治家が誰であったか記憶していないが、別の日の同人のブログ記事では、ネトウヨよろしく汚い言葉で韓国を罵った上で、明確な根拠を示すことなく「韓国は外交力が低く、諸外国からは全く信頼されていない三流国家である」旨の記載を行っていた。
この政治家の頭の中では、
①ある国のパスポートでビザなし渡航できる国の数が多いことは、その国の国際的信頼性の高さを示すものである
②韓国の国際的信頼性は極めて低い
という2つの前提が並列的に存在しているようであるが、ここで、事実関係を検証しよう。
本年1月8日に発表された「2019パスポート・インデックス」では199カ国のパスポート所持者を対象に、227カ国中ビザなしで渡航できる行き先の数を算出して順位を付けしている。上位国は以下のとおり。
1位 日本(190カ国)
2位 韓国、シンガポール(189カ国)
3位 フランス、ドイツ(188カ国)
4位 デンマーク、フィンランド、イタリア、スウェーデン(187カ国)
5位 ルクセンブルク、スペイン(186カ国)
昨年3月に発表された2018年のデータでは、上位国は以下のとおりであった。
1位 日本、シンガポール(180カ国)
2位 ドイツ (179カ国)
3位 デンマーク、フィンランド、フランス、イタリア、スウェーデン、スペイン、韓国 (178カ国)
4位 ノルウェー、イギリス、オーストリア、ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル(177カ国)
5位 スイス、アイルランド、アメリカ、カナダ(176カ国)
その1年前の2017年3月のデータでは、上位国は以下のとおりであった。
1位 ドイツ(158カ国)
2位 スウェーデン、シンガポール(157カ国)
3位 デンマーク、フィンランド、フランス、スペイン、ノルウェー、イギリス、アメリカ(156カ国)
4位 イタリア、オランダ、ベルギー、オーストリア、ルクセンブルク、ポルトガル、スイス、韓国、日本(155カ国)
5位 マレーシア、アイルランド、カナダ(154カ国)
3年分のデータから明らかなことは、
1)いわゆる欧州先進国などが例年上位にランキングされている。順位は年によって多少前後するが、その差(ビザ不要国数の差)は、せいぜい1~数カ国程度に過ぎない
2)アジアでは、日本、韓国、シンガポールの3国がランクインされており、3国のパスポートの実力は大差ない
ということである。
あれあれ?
先ほどの政治家の
①ある国のパスポートでビザなし渡航できる国の数が多いことは、その国の国際的信頼性の高さを示すものである
②韓国の国際的信頼性は極めて低い
という2つの認識は両立し得ませんね。
もし、①「ビザなし渡航できる国の数が多いことは、その国の国際的信頼性の高さを示すものである」のが事実であれば、韓国の国際的信頼性の高さは日本とほぼ同等ということになる。
一方、②「韓国の国際的信頼性は極めて低い」のが絶対事実であるのであれば、日本のパスポートでビザなし渡航できる国の数が多いことが、日本の社会や政治、日本人に対する国際的な信頼性が高いことを必ずしも意味するものでもなければ、安倍政権の外交の成果でもなんでもない、ということになっちゃいますね。
筆者自身の見解は、ビザ不要国数という指標は、この単独指標をもってある国の国際的信頼性や外交力の高さを絶対的評価するのは適当ではないが、その国の政治イデオロギーの中立性、宗教的寛容性、社会の安定性に対する国際的な信頼性の高さ、外交力を総合的に判断する指標の1つであると考えている。
日韓関係においては、「不幸な歴史」の経緯から両国間で複雑な感情が存在し、日本国内では反韓・嫌韓勢力が少なからず存在しているが、韓国と歴史認識等を巡る対立・ワダカマリが存在しない日本以外の国々においては、韓国という国の信頼性が低いといった評価はなされていないと言えるだろう。
尤も、上述のとおり、ランキング上位国において、ビザ不要国数の差は、せいぜい1~数カ国程度であり、順位を競うことに本質的な意味はない。だけどおそらく、日本では、官邸から外務省に対し、ランキング1位を実現・維持せよ、との厳命が下され、外務省では、ランキング1位を達成することを最重要懸案事項と位置づけ、かなりのリソースを割いてきたことであろうことが容易に想像できる。
同様に、韓国においても、「日本に負けるな、1位を目指せ」をスローガンに、ビザ不要国数を増やすことに外交資源を割いてきたのであろう。
この手の国際比較ランキングで高位を獲得することが、自国民の自尊心をくすぐり、時の権力者にとっては政権浮揚の好材料にはなるのだろうが、1位だ2位だと一喜一憂することは本質的には不毛なことであり、国際情勢が激動化・緊張激化する中で、両国とも、もっと本質的で大局的な外交活動を展開するべきであろうに。
(補記)
NHKホームページの解説委員室の「解説アーカイブス」には、2018年4月4日の増田剛解説委員による【日本のパスポートが『世界最強』!?」(くらし☆解説)】という記事が掲載されている。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/293822.html
この記事で気になったのは、
2018年のランキングを示した表を載せているが、
1位は日本、シンガポール、
2位はドイツ、
3位については、「フランス、イタリア、スペインなど」と3カ国のみを明記していること。
2018年は、デンマーク、フィンランド、フランス、イタリア、スウェーデン、スペイン、韓国の7カ国が同数であったのだが、どのような価値判断でフランス、イタリア、スペインを代表として掲げたのであろうか。
「デンマーク、フィンランド、韓国など」と表示することもあり得たであろうが、ともあれ、3位として韓国を明示しなかったのは、韓国嫌いの現政権に対する忖度があったのだろうか、気になるところである。
(ちっとググってみたところ、増田剛解説委員はネトウヨから反日・親韓派とレッテル貼りされているようなので、なおさら、韓国を明示することを回避したのかも知れない。)
(注)冒頭の写真は、以下の記事における写真をお借りしている。
https://money-academy.jp/power-passport/