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レーダー照射問題の真相を今一度考える

 

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2018年12月28日に自衛隊が公表した映像

 

 

2018年12月21日に、日韓でいわゆる「レーダー照射問題」が勃発してから45日が経過した。


徴用工問題や観艦式における旭日旗禁止事案などで日韓で険悪なムードが続く中、今回のレーダー照射問題によって日韓関係は決定的に悪化し、特に日本の一般世論では、韓国を「友好国」ではなく「敵国」視する論調が広まっている。

 

これまでの経緯を簡単に振り返ってみよう。

 

レーダー照射問題の経緯

 

まず、日本の防衛省が、12月21日に、「海上自衛隊厚木基地(神奈川県)所属のP1哨戒機が20日午後3時ごろ、石川県・能登半島沖の排他的経済水域内の上空で韓国海軍の駆逐艦から火器管制レーダーの照射を受けた」と発表した。岩屋毅防衛相は「不測の事態を招きかねず、極めて危険な行為である」旨を述べ、韓国に強く抗議したことを明らかにした。

 

12月27日に、日韓の実務者協議が開催され、韓国側が照射を否定した。翌28日に防衛省は、P1哨戒機が撮影した約13分の映像を公開した。

 

年が明け1月2日に、韓国国防省は、「友好国の艦艇が公海上で遭難漁船を救助している人道主義的状況で、日本の哨戒機が低空威嚇飛行をした行為そのものが非常に危険な行為」であったとし、日本側に謝罪を求める声明を発表した。1月4日には、韓国側の正当性を主張する映像を公開した。

 

1月21日には日本側防衛省が「本件事案に関する協議を韓国側と続けていくことはもはや困難」との声明を出し、「韓国レーダー照射事案に関する最終見解」と火器管制用レーダー探知音・P-1の当日の飛行ルートなどを公開した。


1月22日には韓国国防部が「日本が両国関係と韓米日協力、さらには国際社会の和合に何の役にも立たない不適切な世論戦をこれ以上しないことを今一度厳重に求める」との抗議文を発表した。

 

嘘つきは日韓のどっちだ?


以上が一連の経緯である。日韓両国政府は、韓国の駆逐艦「広開土大王」から自衛隊P1哨戒機に向けて火器管制レーダー(STIR-180)からレーダー波が照射されたか否か、という事実関係を巡って真っ向から対立している。

 

STIR-180からレーダー波が照射されたか否の真実は一つしかなく、日韓両政府のうち、片方が真実を語り、他方は虚偽の発言をしていることになる。では、果たしてどちらの主張が真なのであろうか。

 

筆者の基本認識は、国家・政府なるものは嘘つきの塊で、とりわけ軍事組織は、嘘つきの極致で、秘密保持を錦の御旗に都合の悪いデータを恣意的に隠蔽したり、平然と改竄をやってのける連中であると考えている。自国も他国も嘘つきという点で大差なく、自国政府の見解を無条件に信用し、相手国政府の主張を無条件に否定する態度は、愚かで危なっかしいと思っている。

 

レーダー照射問題についても、日韓両政府とも、内政事情などから嘘をつく動機があり、日本政府が嘘をコイでいる可能性もあるし、逆に、韓国政府が嘘をコイでいる可能性もあると考えている。

 

筆者は、ミリタリーやレーダーについて専門的知識を持っている訳ではないが、STIR-180からレーダー波が照射されたか否かの真相を知りたく、日韓両政府の見解、評論家などの関連記事に幅広く目を通し、日韓両政府のどちらの見解がより論理的・合理的で、より説得力のある主張を展開しているのかを自分なりに批判的に思考してきた。

 

で、日韓両政府のどちらが真でどちらが嘘か、自分なりに色々考えてきた結論を開陳すると、絶対的な証拠が欠如しており、結局のところ「わからない」としか言いようがない。

 

韓国政府の主張に立脚した事件像


「STIR-180からレーダー波は照射していない」とする韓国政府の主張にも一定の説得力があり、この立場に立脚すれば、この間の経緯は次のように映る。

 


接近してきた自衛隊の哨戒機に対し、駆逐艦「広開土大王」からは、レーダー波自体は照射していないが光学カメラを稼働させるためSTIR-180レーダーを指向させた。

 

哨戒機内ではレーダー波捕捉を示唆するアラームが鳴ったが、この時点で、NW-08、SPS-95kなどの別のタイプのレーダーを稼働しており、また、警備救難艦からもSTIR-180と同様の周波数帯のドップラー・レーダーが稼働していた。

 

STIR-180からレーダー波自体は照射されていないものの、レーダーが哨戒機の方向を向いていたことから、哨戒機の乗務員は、警報音を、STIR-180からのレーダー波であると「早とちり」した。

 

自衛隊内部では、本件について政治問題化させることなく、慎重な解析と対応が必要と考えていたところ、官邸からの命令により、翌21日に、攻撃直前の行為を受けたと韓国に対する糾弾を開始した。

 

韓国においては、哨戒機が、他のレーダー波を誤認した可能性などが指摘されていたが、日本政府は明言を避け、日本国内では一部の右派政治家や嫌韓評論家が激しい韓国バッシングを展開し、冷静な議論が不可能な状況に陥った。

 

1月21日に日本側が、もうこれ以上議論しないと捨て台詞を吐いて最終見解を公表し、この中で、STIR-180からのレーダー波が照射されていたと明言した。しかし、同時に公表したレーダー探知音と称する音声データは、単なる機械音に過ぎず、STIR-180からのレーダー波であることを裏付けるものではない。

 


断っておくが、これは、あくまでも、韓国側の主張を前提としたときに描写される事件像であり、筆者自身の見解ではない。一つのものの見方であると思うが、韓国側の主張には、日本側の主張を前提としたときに、いくつか難点がある。

 

韓国側においても、自衛隊哨戒機が、何らかのレーダー波を探知したであろうことは全否定しないが、駆逐艦のNW-08、SPS-95kなどの別のレーダー、あるいは警備救難艦からのレーダー波を、自衛隊がSTIR-180のレーダー波と誤認した、とするのが韓国側の立場である。

 

やっぱりSTIR-180レーダー波は照射されていたのか?

 

確かに、これらのレーダーの中には、STIR-180と同じ周波数帯のものも存在しているようであるが、いずれも回転しながらレーダー波を出す捜索レーダーであり、特定の目標に向け一定期間継続的に照射するSTIR-180のようなレーダー波とは、明確に特性が異なるものであるらしい。

 

また、1月21日に防衛省が公開した音声データについて、韓国側は単なる機械音に過ぎないと一蹴しているものの、自衛隊が公表した音声データを音声編集ソフトによりスペクトログラム解析を行い、STIR-180による信号に合致すると指摘するブログ記事が存在する。

 

スペクトログラム解析の結果について評価する能力を筆者は持ち合わせていないが、解析結果を前提とすれば、STIR-180レーダー波が照射されたことは紛れもない事実と言えるかも知れない。

 

先に書いたとおり、軍事組織は嘘つきの極致であり、平然と隠蔽や捏造をやってのける連中である。古今東西を問わず、歴史上、かかる事例は枚挙に暇無い。故意か過失かはともかく、実際にはSTIR-180レーダーを照射していたにも関わらず、韓国側が意地で否定し続けている蓋然性が高いと考えられる。

 

しかしながら、極めて陰謀論的発想であるが、安倍総理の意向を忖度して、あるいは組織防衛のため、実際にはSTIR-180レーダーは照射されていないにも関わらず、STIR-180による信号に合致するよう自衛隊が組織的に音声データを偽装・改竄した可能性も完全には否定できない。

 

何しろ、日本は、不都合な事実が発覚すれば、「鉛筆なめなめ」「お化粧」と称して、悪びれることなく平然と行政組織が公文書を書き換え情報操作をするのがお家芸の得意技とするお国柄である。

 

そんなこんなでSTIR-180レーダー照射の有無についての真相は闇の中。両国で協議を続けたところで、あるいはレーダー技術等の専門家が高度専門的な討議を行ったところで、非難の応酬に終わってしまい、真相が解明されることはないだろう。

 

ただし、韓国駆逐艦から自衛隊哨戒機に向けてSTIR-180レーダー照射されていたとしても、「直ちに対空ミサイル攻撃が予想されるような緊迫した状態であった訳ではなく、外交問題化させることなく、両国の実務レベルで協議して一件落着すれば済む事案であった。」というのが、多くの軍事評論家が示す見解だ。

 

日本側が官邸主導で韓国を挑発的に批判したことによって、両国政府、両国軍事組織、両国国民の間で、相互不信感と敵国意識が強まったのだとしたら、残念なことである。

 

 

(参考)1月21日に防衛省が公開した音声データについて

 

本文中で、筆者は、「自衛隊が公表した音声データを音声編集ソフトによりスペクトログラム解析を行い、STIR-180による信号に合致すると指摘するブログ記事が存在する」と記載した。

 

具体的には、(1)「記憶は人なり」というブログの記事と、(2)自称軍事オタクの「誤字脱字な研究室 @gozidatuzinaLab」氏が、「軍事系まとめブログ」に読者投稿した論考の2つがある。

 

(1)防衛省が公開したレーダー探知音を分析する

https://wave.hatenablog.com/entry/2019/01/22/060500


ミリタリー情報などを綴った「記憶は人なり」というブログにおける記事。同ブログでは、2018年12月22日、23日、31日にもレーダー照射問題にかかる記事が掲載されている。

 

(2)「めちゃくちゃすごい音」の意味するところとは?韓国駆逐艦レーダー照射事案、公開された音声を解読する。

http://gunji.blog.jp/archives/1073635147.html


F-35は素晴らしい戦闘機であることを知らしめたい自称軍事オタクの「誤字脱字な研究室 @gozidatuzinaLab」氏が、「軍事系まとめブログ」に読者投稿した論考。

 

これらの解析結果を前提とすれば、「STIR-180レーダー波が照射されたことは紛れもない事実であると思われる」と本文執筆時点では考えていたが、先ほど、「一般社団法人日本戦略研究フォーラム」のブログに掲載された西村金一氏の「レーダー波照射音の公開は、韓国に弁明の機会を与えただけだ」https://blogos.com/article/352685/という記事を目にした。


西村金一氏といえば、自衛隊出身で防衛省情報分析官、幹部学校戦略教官などを歴任した右派の軍事評論家である。今回のレーダー照射問題については、韓国の警備救難艦が救助していた遭難船は漁船ではなく北朝鮮の特殊工作船であり、その工作船に韓国が燃料を提供していた事実を隠蔽したいがために自衛隊哨戒機にレーダー照射が行われたのだ、との主張をメディア等で展開している。

 

そんな西村金一氏が、驚くべきことに、1月21日に防衛省が公開した音声データはSTIR-180レーダー照射がなされた決定的証拠にはならない、と、むしろ韓国政府が喜ぶような主張をしているではないか。西村氏によれば、パルス信号の詳細なデータを開示しなければ、レーダー照射がなされた絶対的証拠にならないらしい。

 

う~ん、ますます謎が深まるばかりだ。

 

 

 

【本ブログにおける関連記事】

・軍事評論家は、日韓レーダー照射問題をどう論じたか
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/06/235000

・日韓レーダー照射問題はメディア・リテラシークリティカル・シンキング好材料である
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/08/235500