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軍事評論家は、日韓レーダー照射問題をどう論じたか

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1月4日に韓国国防省が公開した映像


  

日韓レーダー照射問題について、筆者は、昨日の記事で次のように記載した。

韓国駆逐艦からSTIR-180レーダー照射されていたとしても、「直ちに対空ミサイル攻撃が予想されるような緊迫した状態であった訳ではなく、外交問題化させることなく、両国の実務レベルで協議して一件落着すれば済む事案であった」というのが、多くの軍事評論家が示す見解だ。


「…というのが、多くの軍事評論家が示す見解だ」とする筆者の主張については、異論・反論が予想される。否、「多くの軍事評論家は、『韓国軍は今や日本を敵視しており、レーダー照射を受けた哨戒機の乗員は直ちに対空ミサイル攻撃が予想される極度に緊迫した状況に晒されていたはずだ。日本は韓国に対し断固とした措置をとるべきだ』と主張しているではないか」、といった異論・反論が。

 

確かに、韓国を目の敵にして、韓国に対して強硬姿勢で臨むべきだと主張する軍事評論家が存在することは否定しない。しかし、このような主張を行う軍事評論家は決して多数派ではないと考える。むしろ、今回のレーダー照射問題について、冷静に対処すべきと主張する軍事評論家のほうが多いと筆者は理解している。

 

「多い」というのは曖昧で主観的な表現ではあるが、今回は、筆者がこのように考える根拠を示すこととする。

 

筆者は、思想信条や専門分野を問わず、一般人よりも深い軍事知識を有し、その知識を執筆や講演活動等で披露することにより一定の収入を得ている人たちを「軍事評論家」と定義づけている。

 

いわゆる軍事評論家の中には、「軍事アナリスト」「軍事ジャーナリスト」「軍事ライター」などと自称していたり、敢えて、軍事評論家を標榜していない人たちもいるが、本稿ではこのような人たちも包含して「軍事評論家」という用語を使用している。

 

軍事評論家の多様性

一口に、「軍事評論家」といっても色んな人たちが存在する。専ら軍事問題についての著書を慣行したり、雑誌に寄稿したり、有料メルマガを発行したり、テレビに出演したり、講演活動を行って生業を立てている専業者も存在する。一方で、本職は別に存在し趣味の一環として軍事情報に精通した軍事オタク、軍事マニアが軍事評論家を自称してブログを綴っていることもある。

 

また、専門分野として、航空機や艦船、兵器や装備などの技術面の解説を得意とする評論家がいる一方で、軍事作戦・戦略・戦術を語る人、軍制や軍隊の組織マネジメントを主な切り口としている人、国際政治や外交、安全保障論の枠組みから軍隊を論じる人など、様々だ。

 

また、軍事評論を読む際には、論者の思想信条や「政治との距離感」に留意が必要である。軍事評論家の中には、「共産主義打倒。ソ連にミサイルをぶっ放してやれ」的な好戦的な言葉遣いの人がいる一方で、反戦平和を信条としてあらゆる軍事組織を悪とみなすような人もいるようだ。

 

政府や防衛省の審議会等に委員として名を連ねている軍事評論家や、自衛隊の応援団を自認する物書きであれば、防衛省の立場を代弁するスポークスマンとして振る舞いがちである。

 

軍事評論家のバックグランドとして、自衛隊出身者が少なからず存在し、彼らは、自衛隊の公式見解に同調し、自衛隊を「援護射撃」することが多い。もちろん、自衛隊出身者であっても、自衛隊に批判的な評論家もいる。逆に、自衛隊が警戒するぐらい攻撃的な極右言動を繰り返す評論家も存在する。

 

このように軍事評論家といっても、専門分野や思想信条等は多様性に富んでいるが、ともあれ、軍事評論家が論じる内容は、政治的傾向・イデオロギーが絡むことから、他の分野の評論家と比べて、非難・中傷に晒されやすいという特徴がある。自らの思想信条と合致しない評論家に対して、あいつは「反日だ」「国賊だ」「デマゴーグだ」「政府の番犬だ」「御用評論家だ」「戦争屋だ」といったレッテルが貼られるし、さらには、「評論家と呼ぶには値しない馬鹿だ」「頭の悪い軍オタだ」とか、「〇〇国のスパイだ」といった人格批判にも日常的に晒されている。

 

筆者自身は、自らの思想信条と一致するしないに係らず、論理的で首尾一貫した主張を行う評論家の主張には耳を傾け、論理性・首尾一貫性を欠いた単なる扇情的な発言を繰り返す者は「評論家に値しない」と思っている。

 

10人の軍事評論家の見解

 前置きが長くなってしまったが、本題に入ろう。2018年12月21日に「レーダー照射問題」が勃発して以降、筆者は、軍事評論家が、この問題をどのように論じるのか、興味深くウォッチしてきた。

 

筆者が定義する軍事評論家(思想信条や専門分野を問わず、一般人よりも深い軍事知識を有し、その知識を執筆や講演活動等で披露することにより一定の収入を得ている人たち)の中で、これまでに、無料で読めるウェブサイト等においてレーダー照射問題についての見解を執筆してきた者は10名いる。

 

アイウエオ順に示すと、次の10名である。

井上孝司、小笠原理恵、小川和久、黒井文太郎、関賢太郎、田岡俊次、高橋浩祐、田中昭成、西村金一、文谷数重


この10名を同列に並べることに異論があることは百も承知だ。思想信条など対極的な人たちもリストアップされており、「こいつは軍事評論家なんかではないぞ!」と異議申し立ての対象となる者もいるだろう。この10名のうちどなたか本稿を目にすることがあったら、「え、奴と自分が同列? まさか!」と憤慨するか、苦笑する可能性が高いと思う。

 

ちなみに、この10名以外にも、著名な軍事評論家は存在すると思うが、「現時点でレーダー照射問題に関する見解を執筆していない」「有料メルマガ等で見解を示しているが、一般人が容易に目にすることができない」「テレビ等の媒体で発言しているものの、見解を文章化していない」評論家は除外している。もし、この10名以外の軍事評論家によるレーダー照射問題についての論考があれば教えていただきたい。


(1)井上孝司

鉄道・航空・軍事(順不同)を主領域とする物書き。ウェブ上では、以下の2つの記事を読むことができる。

 

海上自衛隊のレーダー照射事件とレーダー電波の受信・解析
マイナビニュースに連載中の「軍事とIT 第277回)

https://news.mynavi.jp/article/military_it-277/

Opinion : 射撃管制レーダー照射事案に関する徒然 (2019/1/14)

http://www.kojii.net/opinion/col190114.html


韓国駆逐艦から射撃管制レーダーが照射されたか否かの事実関係については、両国政府、ネット世論で水掛け論が続いているとして深入りせず、レーダー電波について技術的側面について解説している。

一方で、日本では「野党」が大人しく、平素は「韓国寄り」と叩かれる場面があった新聞・TV までが韓国を擁護しなくなっていると現状分析し、「世間の空気を読んだ結果」なのであれば、危惧を覚えると所感を述べている。


(2)小笠原理恵

自衛官守る会」という市民団体の代表で、必ずしも評論家には該当しないかもしれないが、商業誌(「正論」や「月刊WILL」など)に寄稿しているようなので、本稿では軍事評論家に含め紹介する。

 「キラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)」というブログを運営し、2018年12月22日以降、レーダー照射問題に関する関連記事を15本ほど掲載している。

https://ameblo.jp/calorstars/entry-12430777069.html


(3)小川和久

マスコミでの露出も比較的多い、著名な軍事評論家。低レベルの「軍事評論家」と一緒にされたくないという理由で「軍事評論家」という肩書を嫌い、「軍事アナリスト」を名乗っている。

小川氏は有料メルマガを発行しており、その中でレーダー照射問題に関する記事を書いているようであるが、そのうち次の3つの記事が、MAG2 NEWSという情報サイトで無料で読むことができる。


レーダー照射で軍事アナリストが期待する韓国のファクトチェック(2019.02.05)

https://www.mag2.com/p/news/384912

レーダー照射事件の教訓「フェアに振る舞うはず」と思い込まぬ事(2019.01.28)

https://www.mag2.com/p/news/384125

軍事アナリストが断言。レーダー照射事件は「韓国の全面降伏」(2019.01.14)

https://www.mag2.com/p/news/382468


韓国駆逐艦から射撃管制レーダーが照射されたか否かの事実関係については、事実であるとの立場に立ち、当初からレーダー照射を頑に否定し続ける韓国を批判している。が、2月5日の記事の文末の次の一節の記載が意味深である。

軍事問題のチェックは容易ではありません。なにしろ日本でも、外務・防衛官僚や自衛隊のエリートでも知らなかったり、間違いを信じ込んでいたりする場合があるくらいです。そこを情報源とするメディアは、情報源が間違っているだけで、「親亀がこけたら小亀もこける」の状態に陥り、誤報の連鎖が「事実」として歴史の一角に居座ることになるのです。

 小川氏は、政権や自衛隊との距離が近いので、基本的には自衛隊の見解を前提とした論考を発表しているものの、もしかすれば、内心では、日本側が虚偽の主張をしている可能性もあると疑っているのではないか、と思えてくる。


(4)黒井文太郎

『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経た軍事ジャーナリスト。

 2018年2月25日放送のTOKYO FMの番組「クロノス」に出演し、レーダー照射問題について、日韓両政府間で意見が食い違っていることについて、「(理由が)不明だ」「どちらかが嘘をついているのか、ミスをしたのか。あるいは、何か機械的なトラブルがあったのか……両国でデータを出してもらわないと外からはわからない」と指摘。

「(今回のレーダー照射問題は)もともとよほど悪質でなければ大きな問題にはならなかったと思う」「こうしたことは2度とあってはいけないので、何が原因かをきちんと検証しなくてはならない」「当時のデータで簡単にわかること。両国ともきちんとやれば大きな問題にはならなかったと思うが、ここ数日のギクシャクしたやり取りを見ていると心配です」と述べていた。

https://tfm-plus.gsj.mobi/news/RQlTjThwC1.html?showContents=detail

 

一方、1月7日には、次のようにツイートしている。

「日韓レーダー問題では、どちら側に非があるかはもう韓国側に決定してるので、自分が知りたいのは、韓国側内部に何が起きてるのか?ということですね。
安全保障というより韓国政治の分野なので、そちらの専門家の分析を知りたい。(なんか根拠情報のない憶測が今のところ多い気が)」

 
(5)関賢太郎

情報サイト「乗りものニュース」に、記事を連載中の航空軍事評論家。
レーダー照射問題については、12月22日以降に5本の記事を載せている。
関氏は、自衛隊との関係が良好のようで、12月上旬には、P-1哨戒機を擁する厚木基地第3航空隊に対する取材なども行っている。

https://trafficnews.jp/post/writer/関%20賢太郎(航空軍事評論家)


韓国駆逐艦から射撃管制レーダーが照射されたか否かの事実関係については、事実であるとの立場に立ちつつも、韓国側の意図しない偶発的事故であるとの見解を示す。
その上で、韓国が海自P-1哨戒機は「脅威」であったとして謝罪要求を続けるならば、韓国は対外的な信用を失うことになるだろうと主張する。


(6)田岡俊次

元・朝日新聞記者という経歴もあって、ネトウヨからは「反日」「左翼」呼ばわりされている軍事ジャーナリスト。

 韓国のレーダー照射は「危険行為」に該当せず…根深い韓国軍の反日姿勢、日本を仮想敵国化(2019.01.08)

https://biz-journal.jp/2019/01/post_26184.html

 韓国駆逐艦から射撃管制レーダーが照射されたか否かの事実関係については、事実であるとの立場に立ちつつも、「危険行為」に該当しないとの立場を表明。さらに、韓国の国内事情について忖度し、日本は大人の対応をすべきと説く。


(7)高橋浩祐

英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。

 海外メディアは冷ややかな日韓レーダー照射問題(2019.02.02)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019020100003.html?page=1

 レーダー照射問題について、海外メディアは「ああ、また日韓がいつものように揉めている」と冷ややかで、ほとんど関心を示していないとした上で、日本が「政治マター」化していると批判。中朝を利するだけであり、原宿やソウルの明洞(ミヨンドン)の若者たちを見習って頭を冷やせ、と主張する。


(8)田中昭成

「平和を守るための戦争概論」などの著者。「スパイク通信員の軍事評論」http://spikemilrev.com/index.shtmlというウェブサイトに、軍事関連情報を連載している。

 レーダー照射問題については、2018年12月29日に「レーダー照射事件は日韓共に情報開示不足」http://spikemilrev.com/news/2018/12/29-1.htmlと題する記事を掲載して以降、1月25日までに、9件の関連記事を掲載。

 射撃管制レーダーが照射されたか否かの事実関係については、否の可能性を示唆する主張を展開している。


(9)西村金一

昨日の本ブログ記事でも取り上げたが、自衛隊出身で、防衛省情報分析官、幹部学校戦略教官などを歴任。

 今回のレーダー照射問題については、韓国の警備救難艦が救助していた遭難船は漁船ではなく北朝鮮の特殊工作船であり、その工作船に韓国が燃料を提供していた事実を隠蔽したいがためにレーダー照射が行われたとの主張をメディア等で展開している。

 

そんな西村氏が、「レーダー波照射音の公開は、韓国に弁明の機会を与えただけだ」https://blogos.com/article/352685/という記事において、防衛省が公開した音声データはSTIR-180レーダー照射がなされた決定的証拠にはならない、と、むしろ韓国政府が喜ぶような主張をしている。西村氏によれば、パルス信号の詳細なデータを開示しなければ、レーダー照射がなされた絶対的証拠にならないらしい。


(10)文谷数重

航空自衛隊出身の軍事専門誌ライター。

 韓国レーダ照射への抗議は誤り(2018.12.26)

https://japan-indepth.jp/?p=43360

 韓国駆逐艦から射撃管制レーダーが照射されたか否かの事実関係については、事実であるとの立場に立ちつつも、日本政府は抗議するべきではなかった、騒ぐほどの必要性はなかった、と主張。
なお、この記事については、次のような批判がなされているようだ。

https://goyang88.com/archives/3411

 

まとめ

 今回は、レーダー照射問題について、10人の軍事評論家の見解を振り返ってみた。

10人の見解をスーパー超訳すると、次の5群に大別される。

(筆者の事実誤認があるかも知れないので、異論等があれば、コメントいただければ幸甚である)

 

①レーダー照射は韓国の陰謀。韓国を征伐すべし!
  小笠原理恵、西村金一
②レーダー照射は韓国側の失態。韓国はきちんとオトシマエをつけよ!
  小川和久
③レーダー照射は韓国側の過失。でも、大した問題ではないよ。
  黒井文太郎、関賢太郎、田岡俊次、高橋浩祐、文谷数重
④照射されたか否かの事実関係はともかく、日本の世論は危うい
  井上孝司
自衛隊の誤認であって、実はレーダー照射されていないのではないか
  田中昭成


ネトウヨ層からすれば、④や⑤の論者のみならず、③ですら「パヨク」呼ばわりの対象であり、片や、親韓左派グループからすれば、②ですら「安倍政権の走狗」呼ばわりの対象になっちゃっているようだけど、左右分断図式で短絡的に捉える思考は健全ではありませんね。

 

 

 

【本ブログにおける関連記事】

・レーダー照射問題の真相を今一度考える
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/05/235000

・日韓レーダー照射問題は、メディア・リテラシークリティカル・シンキング好材料である
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/08/235500

 

・6年前の日中レーダー照射事案との対比において、今般の日韓事案を再考する(その1)
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/10/174500

・6年前の日中レーダー照射事件との対比において、今般の日韓事案を再考する(その2)「危険な行為」と「極めて危険な行為」の差異
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/12/233000

・6年前の日中レーダー照射事件との対比において、今般の日韓事案を再考する(その3)「慎重かつ詳細な分析」と「慎重かつ綿密な解析」の違いを深読みする
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/16/235500