syakai-no-mado

社会ノマド、社会の窓、流浪しながら漂泊する社会を見つめます

6年前の日中レーダー照射事案との対比において、今般の日韓事案を再考する(その1)

f:id:syakai-no-mado:20190210171405p:plain

2013年日中レーダー照射事案に係る政府資料

 

昨年12月21日の防衛省の発表によって、日韓でレーダー照射問題が勃発してから、50日が経過した。この間、ネット上では、「安部政権批判派」と「反韓嫌韓派」の双方が持論を展開して議論を続けてきたが、その後も日韓で新たな火種も発生する中で、レーダー照射問題の直接的報道は激減している。

 

筆者は、政治イデオロギー論争は余り興味なく、ニュートラルな人間であると自認しているが、このところレーダー照射問題についてはツボにはまって、日韓のどちらが嘘をついているのか、といった論点をはじめ事件の真相について多大な関心を持ってウォッチしてきた。

 

さて、レーダー照射問題と言えば、今から6年前、2013年の1~2月にも、中国海軍と海上自衛隊の間で、火器管制レーダーの照射事案が発生し、世論が沸騰したことを覚えている人も多いだろう。改めて、6年前の日中レーダ照射事案について、当時の政府見解やマスコミ、評論家等による議論を振りかえり、今般の日韓レーダー照射問題と対比することにより、新たな発見があるのではないか。

 

このような認識の下に、今回は、6年前の日中レーダ照射問題について、当時の政府の公式文書や閣僚の言葉遣いを振り返り、日韓レーダー照射問題との対比において気になった点について論じてみたい。

 

最初に結論を述べておくと、
◇6年前の日中事案では、政府はレーダー照射は「危険な行為」と評価していたのに対し、今般の韓国事案では、「極めて危険な行為」と危機認識のレベルが引き上げられたようだ
◇「慎重かつ詳細な分析」と「慎重かつ綿密な解析」の言葉遣いの違いなどから、自衛隊がSTIR-180照射事実を「確証」した時点についての分析が可能である
この2点について、以下に解説する。

 

 中国海軍艦艇による火器管制レーダーの照射事案

 20160115という日付(?)の入った「中国海軍艦艇による火器管制レーダーの照射事案」なるパワポ1枚のポンチ絵が官邸のホームページに掲載されている。

https://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20160115/incident.pdf

この資料の文字記載部分を全文引用しよう。

【事実関係】
○ 平成25年1月30日(水)午前10時頃、東シナ海の公海上で警戒監視中の海上自衛隊護衛艦「ゆうだち」が、中国海軍艦艇「ジャンウェイⅡ級フリゲート」から、火器管制レーダーの照射を受けた。
○ なお、1月19日(土)午後5時頃、同じく東シナ海の公海上において、警戒監視中の海上自衛隊護衛艦「おおなみ」搭載ヘリに対する、中国海軍艦艇「ジャンカイⅠ級フリゲート」からの火器管制レーダーの照射が疑われる事案が発生している。
【評価】
火器管制レーダーの照射は、基本的に、火器の使用に先立って実施する行為であり、これを相手に照射することは不測の事態を招きかねないものであり、危険な行為であると認識。
【我が国の対応】
こうした行為が短期間のうちに立て続けに行われた可能性が高いことを踏まえ、2月5日に外交ルートを通じて中国側に申入れを行うとともに、防衛省から本件について公表を実施。

 

【中国の反応】
○ 「中国側の艦載レーダーは正常な警戒と監視活動を続けていたが、火器管制レーダーは使用していない」(中国国防省HP掲載:2月8日)
【米国の反応】
○ 米国は、本事案について「このような行動は緊張を高め、事故又は誤算の危険性を増し、更には地域の平和、安定及び経済成長を台無しにしかねない」(2月5日、国務省定例会見)、「我々は同盟国・日本から説明を受け、同事案が実際に発生したと納得するに至った」(2月11日、国務省定例会見)との見解を表明。

 

この日中レーダー照射事案を巡っては、参議院議員大野元裕氏が、同年2月7日に、国会法第74条に基づき、参議院議長名義で安部総理に質問主意書を提出し、2月19日付けで閣議決定を経てが答弁書が回答されている。

 

ちなみに、質問主意書とは、国会議員が、様々な国政課題について内閣の公式見解を文書で回答を求めるもので、その答弁書は、内閣法制局長官が文言を細かくチェックし、所管大臣本人が決裁を行い閣議決定を経る非常に重みのある重要文書である。ともあれ、質問主意書への答弁書は、一般の政府発表資料とは比較にならない重みのある国家最重要文書であると思えばいい。

 

大野議員は、事案の発生時期、政府への報告時間、公表時期等にいて、次のように質問している。

日本の安全を脅かす中国海軍による火器管制レーダー照射に関する質問主意書

 

 二月五日の防衛省発表によると、一月三十日、我が国の海上自衛隊護衛艦が中国海軍のフリゲート艦から射撃の照準を合わせる火器管制レーダーを照射され、一月十九日には海上自衛隊護衛艦搭載のヘリコプターに対しても同じような火器管制レーダーが照射された疑いがあるとのことだ。日本の安全を脅かす誠に非常識な行為である。
 そこで、以下質問する。

(中略)

三 今般の中国船による火器管制レーダー照射事件に関連し、事案の発生した具体的時間、それが政府に報告された時間を明らかにされたい。一月十九日及び三十日の事案それぞれにつき、防衛省、外務省、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)及び総理官邸に知らされた時間を各々明らかにされたい。また、それ以前に同様の事件があった場合には、それについても明らかにされたい。さらに、一月三十日の事案については、当初よりレーダー照射の疑いがあったのに二月五日まで公表しなかった理由について示されたい。

 
この質問に対し、内閣はこう答弁している。

 本年一月十九日に海上自衛隊の艦艇搭載ヘリコプターが中国海軍のジャンカイⅠ級フリゲート一隻から火器管制レーダーの照射を受けた疑いのある事案(以下「一月十九日の事案」という。)の発生した時刻は、午後五時頃であり、同月三十日に海上自衛隊護衛艦が中国海軍のジャンウェイⅡ級フリゲート一隻から火器管制レーダーを照射された事案(以下「一月三十日の事案」という。)の発生した時刻は、午前十時頃である。

 

 一月十九日の事案については、防衛省運用企画局から防衛大臣、外務省アジア大洋州局、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付及び内閣総理大臣に第一報を伝えており、その日時は、それぞれ、同月十九日午後八時頃、同月二十日午前十一時頃、同月十九日午後八時頃及び同日午後八時頃であり、一月三十日の事案については、防衛省運用企画局から防衛大臣、外務省アジア大洋州局、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付及び内閣総理大臣に第一報を伝えており、その日時は、それぞれ、同年二月五日午前十一時三十分頃、同日午後零時頃、同日午後零時頃及び同日午後零時頃である。

 

 また、同年一月十九日より前には、内閣総理大臣等まで報告の上で公表の必要があると判断された今回のような事案は発生していない。

 

 一月三十日の事案について同年二月五日まで公表しなかったのは、海上自衛隊護衛艦が中国海軍艦艇から火器管制レーダーの照射を受けたと確認するまで慎重かつ詳細な分析を行っていたためである。

 

  「中国海軍艦艇による火器管制レーダーの照射事案」という資料と、質問主意書に対する答弁において、筆者が特に、注目するファクトは次の記載である。


(1)【事実関係】として次のように記載していること。
平成25年1月30日…自衛隊護衛艦「ゆうだち」が、…火器管制レーダーの照射を受けた
なお、1月19日…海上自衛隊護衛艦「おおなみ」搭載ヘリに対する、…火器管制レーダーの照射が疑われる事案が発生している。


(2)火器管制レーダーについて、次のように【評価】していること。
火器管制レーダーの照射は、基本的に、火器の使用に先立って実施する行為で
あり、これを相手に照射することは不測の事態を招きかねないものであり、危険な
行為であると認識。

 

(3)【わが国の対応】として、2月5日に中国側への申し入れと公表を行ったのは、
「こうした行為が短期間のうちに立て続けに行われた可能性が高いことを踏まえ」たものであるとしていること。


(4)1月30日に発生してから2月5日の公表まで6日間を要したことについて、「海上自衛隊護衛艦が中国海軍艦艇から火器管制レーダーの照射を受けたと確認するまで慎重かつ詳細な分析を行っていたためである。」と答弁していること。

 

(5)照射が疑われる1月19日事案については、事案発生から約3時間後に防衛大臣と総理に第一報が報告されているのに対し、1月30日事案については、防衛大臣と総理への第一報報告は事案発生から丸々6日以上経過していたこと。

 

改めて、筆者が何を問題視しているのか整理して述べよう。


2013年1月30日事案では護衛艦が「火器管制レーダーの照射を受けた」と断定しているのに対し、同年1月19日の海自ヘリに対しては「火器管制レーダーの照射が疑われる」と、わざわざ「疑われる」の語を補い断定を避けていたのである。


そして、1月30日事案について、「火器管制レーダーの照射を受けたと確認するまで慎重かつ詳細な分析」を行うのに6日間を要していたのである。


その上で、2月5日に中国側への申し入れと公表を行った理由として、「短期間のうちに立て続けに行われた可能性が高い」ことを挙げており、反対解釈をすれば、単回のレーダー照射であれば、申し入れや公表を行うような事案ではないと当時政府が認識していたことが伺える。


また、火器管制レーダーの照射について、「不測の事態を招きかねないものであり、危険な行為である」との認識を示していたことが裏付けられている。

 

そして、このような「危険な行為」であるレーダー照射について、1月19日の疑い事案については発生直後に疑いの段階で防衛大臣及び総理に報告していたのに対し、2月5日の照射を断定した事案については、何故か「慎重かつ詳細な分析」の結果が確定するまで大臣と総理に報告していなかったようだ。

 

2013年日中レーダー照射事案と今般の日韓事案での対応の対比から言えること

 では、今般の日韓レーダー照射問題の対応はどうだったか。


2018年12月20日の日韓のレーダー照射事案では、翌21日に「火器管制レーダーを照射された」と断定的に公表しており、しかも、同様の事案が短時間のうちに立て続けに行われたからではなく、単回の事案のみによって公表に踏み切っている。


そして、21日の19時頃のぶら下がり取材において、岩屋防衛大臣は、火器管制レーダーの照射について、「不測の事態を招きかねないものであり、極めて危険な行為である」旨のコメントをしていたらしい。


6年前の日中事案と今般の日韓事案の対比すると、以下のような素朴な疑問が生じてくる。

・「照射を受けた/照射された」と断定する場合と、「照射が疑われる」と判断する場合とではその判断の根拠となる証拠の水準等において何が異なるのか?明確な判断基準はあるのか?

 

・2013年1月30日の事案では、「慎重かつ詳細な分析」に6日間を要していたのに、2018年12月20日の事案では翌日には照射の事実を断定し公表に踏み切っているが、この6年間の間に、自衛隊におけるレーダー解析技術が根本的・画期的に向上したのか?それとも、もしかして、12月21日の時点では、STIR-180のレーダー照射の事実は確定的に解析されていなかったにもかかわらず、見切りで断定的に公表してしまったのか?

 

・仮想敵国である中国からのレーダー照射について短期間に複数回の事案発生を受けて申し入れと公表を行っているのに対し、友好国である韓国との事案については、単回のみの事案によって公表等が行われたが、この対応の差異は何に由来するのか。この6年間の間に、日本海海域において、レーダー照射に対する脅威度が著しく高まったのか?

 

・中国からの複数回のレーダー照射が「危険な行為」であったのに対し、韓国からの単回だけのレーダー照射について「極めて危険な行為」と、「極めて」という強調表現が追記されているのは、前者よりも後者の事案のほうが危機・脅威度がよほど高かったからなのか?

 

このような筆者の抱く素朴な疑問に対し、「些細な表現ぶりの問題であって、言葉のアヤに対して重箱の隅をつつくような突っ込みは不要ではないか」と思われるかも知れない。だが、国の作成する行政文書は、一字一句、言葉の意味合いを精査し、緻密に用語を選んで記載され、幾人もの内部決裁、文言チェックを経て公表されるものである。従って、微妙な文言の差異に注目することにより、行政側の意図や真意を推量することがしばしば可能となるのだ。


次回続編では、
・「危険な行為」と「極めて危険な行為」の表記の差異、
・「慎重かつ詳細な分析」と「慎重かつ綿密な解析」の表記の差異
について考察を進める。

  

 

 

【本ブログ内の関連記事】

・レーダー照射問題の真相を今一度考える
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/05/235000

・軍事評論家は、日韓レーダー照射問題をどう論じたか
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/06/235000

・日韓レーダー照射問題はメディア・リテラシークリティカル・シンキング好材料である
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/08/235500

 

・6年前の日中レーダー照射事件との対比において、今般の日韓事案を再考する(その2)「危険な行為」と「極めて危険な行為」の差異
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/12/233000

・6年前の日中レーダー照射事件との対比において、今般の日韓事案を再考する(その3)「慎重かつ詳細な分析」と「慎重かつ綿密な解析」の違いを深読みする
 https://syakai-no-mado.hatenablog.com/entry/2019/02/16/235500